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Toward the Sky I (Yoyogi Park)  / Toward the Sky II (Kiritoshi-zaka)

撮影:加藤健

2020

空へとⅠ(代々木公園)/ 空へとII(切通しの坂)

Toward the Sky I (Yoyogi Park) / Toward the Sky II (Kiritoshi-zaka)

パークコート渋谷 ザ タワー (東京)

アクリル絵の具、現地の土、他

2250mm×3140mm

発注:ART FRONT GALLERY

Toward the Sky I (Yoyogi Park)  / Toward the Sky II (Kiritoshi-zaka)

パークコート渋谷ザタワーのコミッションワーク。渋谷区の一帯を舞台に、現在の風景と同一地点の過去の記憶を重ね合わせた二点組の絵画作品。代々木公園では日本初の動力飛行の試みを、切通しの坂では岸田劉生が描いた赤土の風景を参照し、いずれも現地で採取した土を画材に用いて制作している。視覚的風景に土地固有の物質と時間を重ねることで、都市に内在する歴史の連続性を可視化する。

本作は、都市空間に内包された自然環境と歴史的時間の重層性を主題とする二点組の絵画作品である。両作品には制作対象地で採取された土が画材として用いられ、視覚的表象にとどまらない、場所固有の物質性を画面内部に組み込むことが試みられている。南条嘉毅は、風景を「描く対象」としてではなく、土地そのものが内包する時間や記憶を媒介する場として捉え、現地の土を支持体や絵具に混合する手法を通じて、絵画に場所の力学を内在化させる実践を継続してきた。

舞台となる渋谷区一帯は、代々木公園や明治神宮の森といった広大な緑地を擁しつつ、江戸期以前から人間の営みが連続的に積層してきた地域である。南条は、現在の可視的風景と、同一地点における過去の風景とを重ね合わせることで、都市空間に潜在する時間を断絶ではなく持続として捉え直す。本作における複層的な画面構成は、その時間性を物質的に可視化する装置として機能している。

一作目《空へと I(代々木公園)》は、日本初の動力飛行が試みられた旧代々木練兵場の歴史に着目する。現在では森林公園として認識されるこの場所に、試作された二機の飛行機のイメージを重ね、現地採取の土を画面に用いることで、「空へと向かう挑戦」という近代的欲望の萌芽を、土地に刻まれた物質的記憶とともに現在へと接続している。

二作目《空へと II(切通しの坂)》は、明治神宮裏手に位置する切通しの坂を主題とする。この場所は、岸田劉生が1915年頃に描いた《切通之写生》によって、日本近代絵画史における重要な転換点として位置づけられている。同作において岸田は、写実的再現を超え、赤土や草、坂の起伏といった身近な自然物に徹底して向き合うことで、「土地そのものの美」に触れようとする新たな絵画的態度を提示した。風景はもはや背景ではなく、触知的な存在として画面に立ち上がっている。

南条は、この切通しの坂を、岸田が向き合った「場所」として再訪する。しかし、現代において坂はアスファルト舗装され、都市的構造物に挟まれた風景へと変容している。南条は、過去と現在の風景を重ね合わせると同時に、同地で採取した土を画材として画面に介在させることで、視覚的には失われた赤土の記憶を物質的に呼び戻す。ここでは、絵画は再現の媒体ではなく、土地に蓄積された時間を透過させる装置として機能している。

これら二点の絵画は、岸田劉生による近代絵画の方法的転回を参照しつつ、物質と時間への徹底した関与によってそれを現代的に更新する試みである。風景・歴史・物質を不可分なものとして再構成する本作は、都市に潜在する時間の厚みを感知させると同時に、絵画というメディウムの今日的可能性を再提示するものとして位置づけられる。


南条嘉毅の制作は、VOCA展出品以降、風景を主題とする平面作品の方法論を基盤としながら、空間的・時間的次元へと大きく展開してきた。VOCA展において評価されたのは、風景を視覚的再現として描くのではなく、現地の土や砂といった物質を画面に介在させることで、土地に内在する時間や記憶を絵画の内部に取り込む独自の表現であった。この物質的アプローチは、その後の制作において、絵画の枠を超えたインスタレーションへと接続されていく。

奥能登国際芸術祭や瀬戸内国際芸術祭における作品では、土・砂・水・光・音といった要素が空間全体に配置され、鑑賞者が身体的に時間の堆積や循環を体験する構造が構築された。とりわけ、地中に降り積もる時間や、海水・塩・砂といった物質の変容過程を可視化する試みは、「時間そのものを空間化する」という南条の関心を明確に示している。

一方で、こうした空間的実践を経た後も、南条は再び絵画というメディウムに立ち返り続けている。本作における二点の絵画は、その回帰的動きの中で位置づけられるものであり、インスタレーションにおいて獲得された時間感覚や身体性を、再び平面へと圧縮・凝縮する試みと捉えることができる。現地採取の土を用いた複層的な画面構成は、空間的に展開されていた時間の厚みを、絵画という限られた支持体の中に再編成する行為である。

この意味において本作は、VOCA以降に展開された南条の制作史を総括するものではなく、むしろその運動を内包したうえで、絵画が依然として持ちうる批評的可能性を問い直す実践として位置づけられる。風景・物質・時間をめぐる探究は、平面と空間を往還しながら深化しており、本作はその連続性を明示する重要な節点を成している。

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